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【就職】内定者インタビュー(石川県公立小学校教員/株式会社アイ・オー・データ機器)

2018年02月27日 就職・資格

CDP(キャリア・ディベロップメント・プログラム)を受講し、石川県公立小学校教員に内定した人間科学部こども学科4年次 M・Nさん(石川県 金沢西高等学校出身)と、双子の妹で、『株式会社アイ・オー・データ機器』の内定を獲得した人間科学部スポーツ学科4年次 Y・Nさん(石川県 星稜高等学校出身)にインタビューしました。

高校時代はお互いに別々の場所にいましたが、一緒に頑張っていました

M・Nさん
私は中学の頃から海外ボランティアをしていたので、その強みを活かして高校へ推薦で入学しました。妹とは別々の高校でしたが、二人ともバドミントンをしていたので、ライバルのような感じでした。
部活の練習試合や大会でもお互いのコーチが姉妹対決の状況をつくったりすることがありましたね。
双子同士で戦うのは嫌だったのですが、そんな機会があっても負けたくないという存在がいたからこそ、「もっと強くなりたいな」と頑張れたと思います。

どこで頑張るかではなくて、その場所で自分がどれだけ頑張れるかが重要だと思ったので、星稜で頑張ることを決断しました

Y・Nさん
私は小学校教員の免許と、できれば中・高の体育教員の免許も欲しかったんです。石川県内だと金沢大学しかその二つを取得できる大学がなくて、東京の私立大学もいくつか受験しましたが上手くいきませんでした。
金沢星稜大学はCDP(キャリア・ディベロップメント・プログラム)などの制度が整っていたことと、家から近いこともあって受験しました。自分の中では、結構大きな決断でしたが、双子ということもあって両親に負担をかけたくなかったので、浪人はしたくないと思いました。

M・Nさん
お互いに受験の時はそれぞれしんどい思いもしました。大学受験の時、私は県外の大学も受験したりして、なかなか進路が決まりませんでした。
妹が推薦入試で大学を受験したいといった時に、母が反対しました。でも、彼女はとても意志が強くて、「私はこうする」とはっきり言っていました。
姉だからなのか、私の性格上なのかわかりませんが、親に言われたとおりにしないといけないという思いがあって、妹が進路決定しているのに自分はまだ決まらないという状況でも、なかなか自分の感情を表に出せず、「なんで自分だけこんな辛い思いをしなきゃいけないんだろう」と。あの時期は辛かったですね。
 
Y・Nさん
「大変そうだな、頑張ってるな」とは思っていましたが、そんなに辛かったとは知らなかったです(笑)。
教員採用試験の時の方が辛そうに見えました。私は3年次の5月とか6月で就職活動が終了していましたが、教員採用試験は7月・8月、9月なので、私が羽を伸ばせる時期に彼女は試験の真っ最中。なので、ちょっと気を遣いました。
姉は姉で、性格上、私には出来ないなと思うことを彼女はたくさんしていたので、凄いなと思って見ていました。
 
私も最初は教員志望だったのですが、大学2年か3年の時に進路転換をして、民間企業への就職が良いなと思い始めました。そこから、教員免許は取得するけれど、民間の就職活動をすることにしました。
両親という近い存在が教員という職業に就いていたので、「しんどい職業」というイメージがとても強くありました。実際に教員のことを学ぶとなった時に、それなりの覚悟がいるし、それなりのやり甲斐を自分で見いだせてこそ、はじめて就いてもいい職業だなと思ったんです。
自分にはそういう覚悟があるのかなと考えると、自分の中にずっと引っかかるものを感じていてストレートにそうだとは言えませんでした。自問自答していたら、高校生の時から思っていた「もっと他の職業に就くという道もあるのではないか」ということを考え始めるようになりました。

きっかけは大学で入ったサークル活動です。
大学1年次の時までは高校から続けていたバドミントン部に所属していましたが、2年次でダンスサークルに入りました。そこでは、他大学の学生たちと関わる機会が多くあって、それまでスポーツ学科で教員志望の人たちばかりの空間にいたのですが、色んな学科や大学に所属する価値観の違う人たちとの関わりを通じて、もっと自分で羽を広げていったら、いいものに出会えるんじゃないかと思ったんです。
3年次の時にはサークルの代表を務めました。悩みを聞いたり、必要な時は注意もしましたし、人をまとめることの大変さを経験しました。
そうやってサークルを通じて活動していくうちに、”教員は自分に与えられた職業ではないかもしれない”と思いはじめました。それをきっかけに、「教員」をちょっとわきに置いて、固定観念にとらわれずに色々なことに挑戦したり、他の道も考えてみようと思いました。
そして段々、民間企業への就職にシフトしていくのですが、大きな分岐点はダンスサークルに入ったことだと思います。

大学ではたくさんのきっかけに巡り合えます

M・Nさん
星稜大には「SEIRYO JUMP PROJECT」という学生支援プロジェクトがあります。私が所属していた清水ゼミは、ジャンプチャレンジ企画という部門で「世界の教室から」という企画が採択されました。
教育を通しての国際交流をテーマに実施した海外研修でカンボジアへ行ってきました。現地の小学校へ行ったのですが、窓もドアもないですし、床もなくて砂の上に木の机が並べられていました。子どもたちは、使い古された教科書と、お下がりのノートを使って勉強していました。
それを見たとき、とてもショックを受けましたし、私が与えられた学びの環境はとても充実していて、幸せな事なんだなという気づきがそこにありました。
 
カンボジアでは日本語ができるガイドさんは、高給な職業です。カンボジアの公務員よりも3倍くらい給料が高いそうです。だから皆、小学生の時から日本語を勉強しています。
大学の休暇を利用した短い期間でしたが、少しでも彼らの助けになればと思い、子どもたちに日本語を教えるお手伝いをしました。
 
私は私の学べる環境を大切にして、それを精一杯利用してもっと成長していきたいと思いました。
「海外にはそういう子供たちもいるんだよ」ということ、日本の環境で学べるありがたさを、自分の教え子たちにも伝えていきたいというきっかけになりました。

CDP×就職活動

M・Nさん
私は1年次の時からずっとCDPを受講していました。3年次の前期までは、部活やボランティア、海外でのボランティアもしていて両立が難しかったです。どちらかというとCDP以外の活動の方に重点を置いていました。
その頃は、同じ道を目指している仲間たちから遅れを取っている感じがあって、自分でもすごく不安でした。3年次の10月頃、部活を引退してからは気持ちを切り替えて重点をCDPにシフトして、それまでの分頑張りました。
ただ、模試の点数がなかなか伸びなくて、実はA判定も出たことがありませんでした。その度に不安で不安でしかたなかったのですが、CDPは筆記対策だけではなくて、4年次からは「模擬授業」「論作文」「面接」の対策もあったので、こっちで勝負しようと思って。妹と同じで、私、おしゃべりが得意なので、得意分野を伸ばす意識を持ち始めました。

CDPの授業は通常の授業外の時間にあるので、他の人たちのように遊びたいなと思った時期もありました。でも、やっぱり合格したいという気持ちが強かったので、必ず授業には出席していました。
教員採用試験の直前が一番辛かったですね。周りで一緒に頑張っている人たちは仲間なのですが、ライバルでもあります。不安とプレッシャーで、心の中ではいろいろ考えましたが、皆の前では自信があるように振る舞って、早い段階で見つけた自分の強みを磨きながらモチベーションを上げました。
 
Y・Nさん
私は就職活動は楽しかったですね。楽しすぎて、もう一回やりたいと思うくらいです。
人と話すことが好きですし、自分が学べたという瞬間があると、今日一日意味のある日だったと思えます。
就職活動は毎日がそういうことの積み重ねだったので、ぐうたらしたり、遊びに没頭するのもいいのですが、自分の成長をダイレクトに感じられる日々が、その時の生き甲斐でもあって、楽しかったなと思います。
3年次の2月くらいから情報収集を始めて、3月に就活が解禁になって、説明会に参加しました。4月、5月には企業の面接に行っていました。6月は教育実習があったのですが、これは教員免許を取得するために必要な事でした。それまでに就職活動を終わらせるつもりで、5月の終わりから6月の上旬までと決めて、コンパクトに活動をしました。

人に評価される社会に臨むこと

M・Nさん
私が本当に小学校の先生になりたいなと思ったのは、やっぱり母の存在が大きいです。
けっこう厳しい面もありますが、不登校の生徒や受験で悩んでいる生徒に対して親身になって接している姿が見えました。家でも「今から、不登校の生徒のところにチラシを配ってくるね」とか先生どうしで電話で相談をしている姿を見て、ここまで生徒のことを真剣に思える先生って素敵だなと思いました。
 

私も子供と関わる仕事に就きたい、将来的には母みたいな、子ども一人ひとりの可能性を信じて、それを支援できる先生になれたらいいなって思います。
皆言うことですが、「子どもの成長を一番近くで感じられる存在が先生」です。忙しいとか大変ということもありますが、それ以上に子どもの成長を近くで感じられることが教員という仕事の醍醐味だと思います。
普段、母と一緒に買い物などに行くと、よく元生徒の方に話しかけられたりするんですよ。「あ、N先生!」とか、「お久しぶり。あの時は、ああだったよね」とか想い出話をしているのを見て、すごくいいなと思いました。
私も将来教え子ができて、成長したその子に会った時に「あの時はありがとう」と言われたら、すごく嬉しいだろうなと思って。
 
私は明るくて楽しいことが好きなので、クラスの担任になった時には自分がまず笑顔で子どもたちに接して、それが伝染して子どもたちの笑顔があふれる学級をつくることが理想ですね。壁に当たったり、つまづくこともあると思います。でも私はすごく恵まれているなと思います。アドバイスをくれたり、頼れる存在が周りにたくさんいますから。一人で思い悩むことなく頑張っていきたいです。
 
Y・Nさん
とても基本的な事なのですが、「置かれた場所で咲き続ける。」そういう人でありたいなと思っています。
内定を頂いた企業の最終面接で、たまたま「どういう人になりたい?」と聞かれたのですが、その時初めてそのことを考えました。ちょっと綺麗事かもしれませんが、就職したら最初は雑用から始まったとしても、どんな荒波に揉まれても、そこで自分なりの一所懸命であったり、全力を出せる人でありたいと思っていて。
努力は誰でもできますが、努力し続ける事はとても難しいことだと学生生活で学びました。だから努力を怠らずに、どんな場所でも置かれた所で、自分で自分の花を咲かせることができる人でありたいです。

3年後、10年後の目標

Y・Nさん
3年後は社会人として一通りのことを学んだ前提で、私が考えた企画だとか、自分が先頭に立って上司や仲間も巻き込んだ何か大きな事ができるようになっていたいなと思います。人に影響を与えられるような信頼性や実力を身につけていきたい、という目標があります。
10年後は社内で中堅の立場になっているという前提で、家庭を持ち、子どもも欲しいです。落ち着いた、キャリアウーマンでもあり、母でもありたいです。第三者から見て、憧れられる人になっていたいです。

M・Nさん
まず、3年の間に自分ができることをたくさん増やしたいです。40年間くらい続く教員生活の中でその3年間は基礎中の基礎です。その3年でどれだけ自分が成長できるかはとても重要だと思っています。
10年後は、赴任する学校が2校目か3校目だと思いますが、校内にとどまらず、研修会などにも参加して、それまで自分が経験したり学んだことを後輩や周りの人達に伝えたいです。
ベテランの先生方はたくさんいらっしゃって、10年後はまだまだ学ぶことが沢山あると思います。ずっと学び続ける姿勢が大事だと思うので、気取らずに3年後も10年後も20年後もずっと学び続ける先生でありたいと思います。

身近なサポート体制がとてもよい空気、人を連鎖させる大学

M・Nさん
星稜大は同級生はもとより、先生方や先輩方との距離が近いので、自分が1年後、2年後、3年後になりたい姿が身近にあって、しかもその人に話を聞くこともできます。こんな風になるには、今どうすれば良いかというような話を気軽に聞けました。そういった部分では、星稜大は縦のつながりが良い大学だと思います。
もうひとつは、公務員や教員を目指す人のためのCDPというサポート制度があります。CDPの授業以外でも、希望すれば面接の指導や模擬授業の指導もしていただけます。先生方やスタッフの方の支援が手厚かったなと思います。制度も充実していますが、なにより人と雰囲気が良いです。皆、私たちのことを第一に考えて指導してくださいます。
 
Y・Nさん
私が高校生の時は、星稜大は妥協して進学する大学というイメージでした。でも、それも自分の小さな世界の中での判断でした。
実際に入学してみるとスポーツ学科の先生はすごい方がたくさんいらっしゃいます。オリンピックに出場したり、オリンピックに関わったことがある、今もパラリンピックやオリンピックに関りがある先生方も。それって、他の大学にはなかなか無いことで、この大学で学んでみて、他の大学へ行くよりも充実した大学生活を送ることができたと確信しています。
 
私は今、後輩のための就活アドバイザーをしています。近しい学生がサポートし合うそういった仕組みも他にはないことだと思いますし、教員や公務員を目指すためのCDPという制度は、民間・公務員、教員、いずれの道に進むにせよ、サポートが充実しています。
大学の規模は小さいですが、その分だけ教員との距離も近くて、いい意味でコンパクトにまとまっている大学だと思います。私は他の大学よりも良い大学生活を送れたなと思っています。

これまでと、これからのお互いへのメッセージ

M・Nさん
双子だからわかる感覚なのかもしれませんが、彼女は自分の分身みたいな感じなので、家系的には型にはまった道を歩んでいると思っている私がもし、民間企業へ就職したとしたらどんな風になっていくかなということを示してくれると思います。
お互いが別の分野の道を歩むので、これまで通り、それぞれの友人とも仲良くなれば、世界も広がって、また面白いだろうなと思っています。
 
Y・Nさん
教員という職業の難しさ、大変さを解った上で教員になろうと決意していると思うので、姉のその真面目さを活かして、なお且つ、N家の破天荒ぶりも発揮しつつ(笑)、頑張ってほしいなと思います。