金沢星陵大学女子短期大学部

学長室の窓から

「『飛ぶ教室』に思う」(その2)

7月15日

前回エーリッヒ ケストナー『飛ぶ教室』について書きました。ある方から、NHKラジオで作家の高橋源一郎さんが「飛ぶ教室」という読書番組をやっていますよと教えていただきました。調べてみると、その題名はやはりケストナーから借りたもの。知性や感性の赴くところ、どこへでも飛んでいくという作家の真骨頂でしょうか。失礼ながら、高橋源一郎さんの本はこれまでほとんど読んだことがなかったのですが、日本文芸家協会が編集した『ベスト・エッセイ2019』(光村図書)66編の中(171-174頁)に、氏の「寝る前に読む本、目覚めるために読む本」(「飛ぶ教室」55号)が収録されておりました。2006年に生まれた次男のシンちゃんが救急車で病院に運ばれた。「急性脳炎です。覚悟なさったほうがいいと思います。仮に治っても重度の障害が残るでしょう」
 
幼児集中治療室に5日間、普通病棟に移っても意識が戻らず眠り続けるシンちゃん。高橋さん夫妻ができることはベッドの横にすわって絵本を読み続けることしかなかった。病室に移って3日後のお昼。高橋さんの1冊目にシンちゃんが反応した。2冊目で目をうっすらと開いた。3冊目でかすかに笑ったような気がした。そして4冊目が『めっきらもっきら どおんどん』だった。「めっきらもっきら どおんどん!」。大きな声にシンちゃんが微笑み、声を出して笑い、そして今度はゲラゲラ笑った。感動的な場面です。
 
もと教育学部に勤めていた私は、2002年から4年間附属の幼稚園長を仰せつかったことがあります。3歳の園児から25歳を過ぎた博士課程の学生たちまで通して見たときに、人間とは何か、教えるとか学ぶことの本質って何なのだろうと考えさせられた得難い経験でした。園児が夢中になって絵本を読んでいる姿と、大学生が夢中になって研究にのめりこんでいる姿に本質的な違いがないことに気づかされたのです。
 
人間とはいつの時代も何かに夢中になるもの。それが本でも映画でもスポーツでも恋愛(これはいつか醒めるかも!)でも構いはしないと思うのです。夢中になるのが何かということよりも、どれほど夢中になれるかのほうに意味があるのかもしれません。
 
そういうわけで、私の「ベスト・エッセイ 2019」の中のザ・ベストは、高橋源一郎「寝る前に読む本、目覚めるために読む本」(「飛ぶ教室」55号)に決めました。『飛ぶ教室』の不思議なご縁です。
 
最後に「ちんぷくまんぷく あっぺらこのきんぴらこ じょんがらぴこたこ めっきらもっきら どおんどん!」(作長谷川摂子、画ふりやなな、1990年、福音館)。シンちゃん、よかったね。