金沢星陵大学女子短期大学部

学長室の窓から

「ロゴス・エトス・パトス」

1月25日

今回は古代ギリシャ(BC300年頃)の哲学者アリストテレスの「弁論術」です。アリストテレスは、人を動かすには話し方が重要であり、それは、「ロゴス」「エトス」「パトス」の3つから構成されると説きました。「経営学」では「人を動かす説得力」として学ぶそうですね。

「ロゴス」logosはロジック(logic)の語源にもなっていることからお分かりのように、話や論理に矛盾や間違いがなく、理屈が通っているかということです。アリストテレスは、この論理の正しさが何より大切だと言います。

若く、少しは名の知られたお金持ちの男性があなたに求婚してきました。「僕と結婚したら、有名になる。立派な家と車を持ち、毎日美味しいものを食べ、幸せに暮らしていける。だから僕と結婚しよう」。富と権力と名声。人間にとって、無関心ではいられない3つのものですが、しかし多くの女性はこのロゴスだけでは「イエス」とは言わないでしょう。何かが足らない。論理だけでは人は動かない。

そうです。必要なものの2つ目は「エトス」です。ethosはethics(倫理・道徳)の語源にもなっているように、「倫理(信頼)」を意味する概念です。仮に「ロゴス」が正しく、間違っていないとしても、うさんくさい人からの提案を真に受ける人はいないでしょう。つまり「その人が信頼に足る人物・人格の持ち主であるかどうか」が大切なのです。くだんの求婚男性、セールス・トークのうまい詐欺師だったりする!人は道徳的に正しい、あるいは社会に役立つというような価値観に合致するものでなければ、本心からは動きません。

3つ目は「パトス」です。patosはpassionの語源「情熱」を意味します。 「僕は美男子ではなく、家も決して裕福とは言えない。給料もそう高くはない。でもあなたが好きだ。一緒に暮らして、あなたを幸せにしたい」。話者の熱い情熱がパトスとなって、あなたの「共感」を呼び起こします。でも要注意。時には、涙の演技が上手な俳優さん、選挙の時には熱く騙る政治家もいますからね。

筆者撮影 大寒の水仙

人を動かすには、「ロゴス×エトス×パトス」。つまり、何を語るかも大事なのですが、誰が語るのか、いかに熱い思いが込められているのかも重要です。ナチス・ヒトラーの大衆扇動演説は言うに及ばず、振り込め詐欺などにおいても、「ロゴス×エトス×パトス」が巧みに悪用されています。レトリックは言葉巧みに人を動かす危険性を有すると見抜いたソクラテスは、「弁論術」の代わりに「対話による説得法」を重視したのでした。

このように、「弁論術」は両刃の剣。私たちはその構造と機能を理解し、ソクラテスに倣って、その過剰に警戒しながら、真実たりうるか否かを見極め、適切に「ロゴス×エトス×パトス」を用いたいものです。
参考文献
山口周『武器になる哲学-人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50』、2018年(2020、16版)(株)KADOKAWA