金沢星陵大学女子短期大学部

学長室の窓から

夜の海と箪笥(たんす)の鐶(かん)

9月25日

2023年9月、本学進路支援課の就職合宿クルーズ「ほし☆たび 北海道」(3泊4日、私は名古屋から苫小牧港までの2泊のみ)へ参加してきました。大学・短大合わせて40人の初参加者(クルー)と指導・相談役の8人の先輩参加者(スキッパー)、スタッフ計55名の旅でした。この中には9人の短大生がおり、その積極的・意欲的な参加姿勢にまず拍手。

9月5日名古屋港集合、夕闇迫る19:00ちょうどに出航、夕食。20:40~22:00から第1回目の研修。自己紹介から始まる一連の洋上合宿研修です。研修内容は、「自分を知る」、「先輩を知る」、「話し方の基本」「聴き方の基本」、「プレゼンテーションの仕方」「グループディスカッションの仕方」などなど多岐にわたり、グループやメンバーを変え、数回繰り返されます。なるほど社会人に必要な知識や各種ツールを反復形式で身に付けることができます。ビジネスマナーとか、ネクタイの結び方など、基本的社会常識さえ全く知らなかった私には新鮮な驚きの内容でした。Seiryoの誇る優れた学生支援教育の一環ですね。これらの研修内容とその成果、参加者の想いなどは、やがて「ほし☆たび 北海道」報告レポートに詳しく公表されることでしょうから、そちらをご覧いただきましょう。

船旅は何度か経験しましたが、2泊、40時間に及ぶ長時間の船旅は初めて。今回の船は「いしかり」。概容、全長199m、 幅27m 、総トン数1万5千トン、3万2千馬力、最大速力26.5ノット(時速約50km)、7デッキ(7階)を持ち、旅客定員777名の大型客船です。何年も連続して「フェリー・オブ・ザ・イヤー」を受賞している、まさに動く豪華ホテルです。

19:00、名古屋港を静かにゆっくりと離れ、左舷に眩しく輝く細長い光の帯が現れたと思ったのは、中部国際空港(セントレア)だったようです。沖合に出ると、大型船「いしかり」も、さすがに黒潮にもまれて、時折ピッチング(縦揺れ)と小刻みなローリング(横揺れ)を感じました。船底から通奏低音のようなエンジン音に混じって、時折カンカン、ギシギシという音も聞こえてきます。

23:00過ぎ、就寝しましたが、朝3時前には地震かなと錯覚した船の揺れに驚いて、目覚めました。それ以後は眠れそうにもなかったので、海の見える大浴場に浸かり、さらに展望室のソファーで暗い海を夜が白むまで眺めておりました。カンカン、ギシギシ……。どこかで聞いたことがあるなと思い起こしながら…。そうだ、あれは半村良(1933-2002)『箪笥』だ…。

筆者撮影 箪笥の鐶

…能登に市助という律儀な漁師がいて、その子どもの一人が夜になると起き上がって、古い箪笥の上に座ってじっと座っていることに気が付きました。そのうち、子ども8人中5人までが、座るようになったのです。やがて、父親も母親も女房も、市助を除く家族全員が、夜な夜な箪笥の上に上がって、目をあけたまま膝に手を置いて、身動きもせず座っているようになってしまいました。昼間はみんな今まで通りの家族。けれど、夜になると、化け物みたいに、口もきかず、顔色も変えず、みんな箪笥の上に上がってしまう…。

これを知った市助は恐ろしくて眠られなくなりました。ある晩、うつらうつらしていると、遠くで、カタン、カタン、カタン、カタンと何やら聞いたことのある音が聞こえてきました。カタン、カタン、カタン、カタン、とだんだん近くなって来ます。音の方へ走っていくと、父親も母親も女房も子供たちも、みんなが力を合わせて、浜から家の中に古い箪笥を運び込むところでした。カタン、カタンという音は、箪笥の鐶が揺れて鳴る音だったのです。

恐ろしくなった市助は出奔、北前船の水夫(かこ)になりました。何年か経って、たまたま市助の乗った北前船が近くの沖に停泊しました。夜が更けて、船べりから懐かしい家の方を眺めていると、ギーッ、ギーッと舟を漕ぐ音が聞こえ、かすかに、かすかにカタン、カタン、カタン、カタン…。見ると、一家そろって舟に乗り、市助を見上げとったそうな。…「とうと、帰らしね。帰ってきさしね。とうとの箪笥も持ってきたさかい、この上に座って帰らし。」…大勢してそう呼びかけたそうな。

「おいね。その晩市助は船をおり、箪笥の上に座って、カタン、カタンとみんなに運ばれて家に戻ったそうなわね。」(半村良『能登怪異譚』集英社文庫、1993、pp.9-24『箪笥』)

私が聞いた「いしかり」の船底から響く音もこの「カタン、カタン、カタン、カタン」の記憶だったのでしょう。夜の海は大型客船であってもなお、吸い込まれるような、或いは波間から腕が伸びて体ごと引きずり込まれるような恐怖と不気味さを味合わせてくれます。

夏の終わりの怪談話でした。さあ、秋学期がんばりましょう。
注及び引用参考文献
半村良『能登怪異譚』集英社文庫、1993、pp.9-24『箪笥』
能登方言で書かれた本書は、『遠野物語』に匹敵する世にも不思議な民話から成る小説だと思います。秋の夜長にご一読をお薦めします。