金沢星陵大学女子短期大学部

学長室の窓から

李牧でさえ

3月7日

最近のコミック・漫画には、様々な作品があり、そのクオリティは高いものが多い。本当に細部まで専門的によく取材されて、その上でフィクションと創作がされている作品がたくさんあり感心させられる。 私のお気に入りは古代中国の春秋戦国時代、後の始皇帝・第31代秦王の元で活躍する主人公信の活躍を中心に描く物語。この中で重要キャラクターの李牧(りぼく)が特にお気に入りである。主人公の敵役の一人である。敵役といってもかっこよく、クールな天才戦略家であり、彼が発する言葉に「ハッ」とさせられることも度々である。

最近では李牧の「この状況は なるべくしてなっている」という言葉が印象に残っている。
李牧率いる合従軍は激しい函谷関(かんこくかん)の攻防の裏で、別動隊で都咸陽(かんよう)を攻めようとし、秦王嬴政(えいせい)は咸陽の手前 蕞(さい)にて民兵とともに迎え撃つ攻防のクライマックスでの言葉である。陥落寸前の蕞に山の民と呼ばれる西国の民族が援軍にきて、李牧の計画は失敗に終わり、合従軍の敗北が決定的となる。その時李牧は「この状況は なるべくしてなっている」と語る。私の解釈では李牧は秦国が西の隣国の山の民たちと同盟を結んでいたこと、嬴政が自らが出陣してくるような器のある王であったことなど、想定外のことが起きたに違いない。李牧がこの攻防にあたっての想定になかったのだ。

SWOT分析という経営環境を教えさせていただくと、いつも二つのことに気がつく。1つは、学生や経営者のみなさんも1回きり分析をすればことが足りると思うらしいこと。しかし、内部環境として強みだと思っていたもの、かつての成功モデルも時間とともに陳腐化してしまうこともある。それ以上に組織を取り巻く外部環境は驚くほどの変化が速い。変化の兆しを見逃さず、1日1回あるいは、場合によっては時間単位でみる必要があるケースもある。 そしてもう一つは、「想定外の想定」が少なすぎるということである。想定していることがあまりにも希望的な観測だけに満ちていて、その時に当たり前の常識がそのまま続くという仮定で考えていることが多いように思う。 テレビのCMをみていて、製品やサービスを訴求するものはあるが、目について多いのは、その企業がどんな企業で何をしていて、働く人たちがどのような様子かを伝えるCMの多いこと。それほど労働者の獲得が、特に若者の獲得が厳しいということか。リーマンショックが要因の不景気、就職氷河期はついこの間だったのに。また別件となるが、高校教育費の無償化の話など1年前には影もなかったような気がする。経営環境は刻一刻として変化していく。しかも定常状態が短く、変化はおどろくほど速い。 天才李牧でさえ、見誤る組織を取り巻く変化を、我々凡人はもっと意識して目を凝らしてみていく必要がある。