金沢星陵大学女子短期大学部

学長コラム

夜空に浮かぶ橋

6月5日

 出張で久しぶりに四国へ行くことになり、迷わず明石の手前の舞子からの高速バスを使うルートを選んだ。列車が西に向かうにつれて、夕闇のむこうに少し上品な明石海峡大橋の灯りが近づいてくる。この辺りは昼間の青い海も素敵だけれど、やはり灯りがともる夜の静けさがいい。橋の手前にあるバスストップから、夜空に浮かぶ大橋を眺めながら、今バスの到着を待っている。

 学生だった頃、明石海峡大橋はまだ完成していなかった。当時、橋の袂にあったカフェ(今でいうお洒落なカフェの先駆けのような場所)へ行くのが、一つの楽しみだった。時が流れ、今ではコンビニやファミレスに変わってしまったようだが、あの時のどこかワクワクするような空気感は、今でもこの辺りにくると鮮烈に思い出すことができる。
 
 当時は四国へ渡るのも一苦労だった。時折フェリーを使って淡路島に渡り、そこから車やバスで結構な時間をかけて移動していたものだ。働き始めてからも、大橋の完成はまだ遠く、「本当にあんな巨大な橋ができるのだろうか」と、対岸の淡路島側の灯りを眺めていた記憶がある。当時の私は、「もっとフェリーが高速になれば便利なのに」とそればかり考えていた。しかし、いつの間にか橋は完成し、今や舞子側から四国までは高速バスで2時間もかからずに着いてしまう。様々な情報もあり、ちょっと考えれば分かったはずのことなのに、学生時代の私は、2時間足らずで四国へ陸路で渡れる未来など想像もしていなかった。いや、したくなかったのかもしれない。
 
 私の発想は、「フェリーが速くなれば」という、今あるものの延長線上、つまり「連続」でしかモノを見られない貧弱なものだった。しかし、「海に橋を架ける」というイノベーションにより、それまでの移動の連続性は一瞬にして失われた。「より速いフェリー」の先に、橋はなかった。不連続が起こったのだ。ヒトは、私に限らず、これまでのままでいたいというか、変化を好まない。希望的に今までの延長線上で考えようとする。
 
 しかし、すべてではないが、すでに音を立てて、いま正に様々な大きな変化がその姿を見せ始めているように思える。その変化たちは、完了したとき、まるで昔からそこにあったかのように、当たり前のように人々に受け入れられていく。ちょうどこの大橋のように。
 
 大きな不連続に抗うことは得策ではない。私たちにできることは、そんな不連続に気づき、受け入れ、対応していくことかもしれない。
 
 今日もこの大橋は変わらず美しい。