金沢星陵大学女子短期大学部

学長室の窓から

「流星祭」

11月15日

ユーラシア大陸の高気圧に覆われた11月6・7日、高く澄みわたった青空と真っ赤に色づいたアメリカ楓の並木が時折かすかな風にはらはらと舞い散る日になりました。7日はもう立冬だったのですね。秋深まる本学御所キャンパスにはピンク、黄、紺色などカラフルなテントが立ち並び、大学祭が催されました。その名も星稜に相応しく「流星祭」。

特設ステージのバンド演奏やコーラス、グループによるダイナミックなK-POPダンスなどステージ・ショーの披露、アカデミックな「オレンジリボン」(児童虐待防止運動)展示から茶席に至るまでのホスピタリティ溢れるしつらえ、各種模擬店の数々。若者たちの笑顔と笑い声、呼び込みの声、時折挙がる大歓声。学生、教職員と関係者のみの入場制限でしたが、それでも大変な熱気と盛り上がり。これはもう若さの特権。若者にはこうした都会的な喧騒と雑踏が何よりも似合いますし、無限の未来につながっているとエールを送りたいと思います。やはりライブのお祭りは楽しさも格別です。石川県内の新型コロナの新規感染もここ数日はありません。このまま終息することを切に願うばかりです。

来年(2022)、72歳になる私は五黄の寅年、年男。若かりし時代は千里を駆ける思いと体力はあっても、お金なく、才覚もなし。年中腹をすかして飢えた虎のごとく、都会のジャングルをうろついていたような気もするのですが、今や、日溜りで静かにうたた寝を好む老虎です。でも全く静かな空間が良いのかというとそうではなく、近くに若者たちの声が聞こえるものの、いたずらしようと近寄ってきたら、さっと別なところに身をかわす程度の人恋しい距離が適切なようです。まさに老猫そのもの。

筆者撮影、「流星」碑 いしかわ四高記念公園

「流星祭」初日、昼を過ぎて、ステージはますます盛り上がり、大音響と歓声が研究室まで響いてきました。老猫はそろそろ身をかわしたほうがよさそうです。行先は私の好きな市内広坂「いしかわ四高記念公園」の「流星」碑です。この公園と「しいのき緑地」の間にあるアメリカ楓並木の紅葉は晩秋の金沢を代表する風物詩ともいえる人気スポット。おまけに「百万石まちなかめぐり もみじ2021」祭り開催中で、至る所テントが張り巡らされ、ここも驚くほどの人出で大賑わい。しかし、すぐそば四高記念館わきにある「流星」碑は目立たず、訪れる人もまばらです。1986年、四高百年を記念して建立された黒御影石には、井上靖「北国」(1960)から採られた「流星」の抜粋が元となった詩文が刻まれています。

井上靖先生(1907-1991、83歳没)、文化勲章作家。1927(昭和2)年に第四高等学校(金沢大学の前身)に入学、1930年に卒業します。金沢を舞台にした自伝的小説『北の海』に描かれているように、四高時代は柔道に明け暮れ、主将まで務めました。目指したのは体格や天分がモノを言う立ち技よりも「練習量がすべてを決定する柔道」。つまり寝技を重視し、かつ夢見て、徹底して練習に明け暮れるストイックな生活を自己に課しました。「その後体験した軍隊生活よりも辛かったが、しかしそれが全く権力によって強いられるのに対し、柔道は自分が自分を律していることで、いわば道場という一つの修道院に入ったようなものであった」旨回顧しています。

私はデジタルカメラが普及し始めた1990年代半ば、石川県立歴史博物館や四高記念館に収蔵されていた四高柔道部の練習日誌を撮影、内容を分析して過酷な練習実態の一端を明らかにしたことがあります。例えば「飛行機」と呼ばれる練習は、一人が次々と相手を変え、「落ちる(失神する)」まで繰り返される過酷極まる練習でした。1927年5月31日には「飛行機七台飛ぶ」と記されています。すさまじさが分かりますね。

井上靖先生のストイックなまでに研ぎ澄まされた文体は、「講道館柔道」に対して「高専柔道」とやや異端の響きをもって対比された、寝技中心の極限に近い肉体的・精神的鍛錬の経験に磨かれた産物なのでしょう。(ただし現代ではこのような練習法はそのままでは通用しませんよ。念のため)

「流星」を味わっておきましょう。老虎ならぬ老猫のもう一つの静かな「流星祭」です。

「流星
高等学校の学生の頃、日本海の砂丘の上で、ひとりマントに身を包み、仰向けに横たわって、星の流れるのを見たことがある。十一月の凍った星座から、一条の青光をひらめかし、忽然とかき消えたその星の孤独な所行ほど、強く私の青春の魂をゆり動かしたものはなかった。

それから半世紀、命あって、若き日と同じように、十一月の日本海の砂丘の上に横たわって、長く尾を曳いて疾走する星を見る。併し心打たれるのは、その孤独な所行ではなく、ひとり恒星群から脱落し、天体を落下する星というものの終焉のみごとさ、そのおどろくべき清潔さであった。」
参考文献
井上靖「青春を賭ける一つの情熱」、石川近代文学全集七、能登印刷出版、2001
拙論「旧制高等学校のスポーツ活動研究-練習日誌『南下軍』から見た四高柔道部の修道院化-」、スポーツ社会学研究16、2008