学長コラム
「さあ飛び立ちなさい!」(金沢星稜大学 令和7年度学位記授与式式辞から)
2026.03.16
本日、晴れて「学位記」授与式に臨まれた大学652名の学士の皆さん、また大学院経営戦略研究科2名の修士の皆さん、おめでとうございます。金沢星稜大学を代表して、心からお祝い申し上げます。併せて、これまで皆様の学業生活を支えてくださった、ご家族をはじめ、多くの方々のご支援に対し、深い敬意と心からの感謝を申し上げます。
今日、家に帰られたら、ご両親やご家族にきちんと卒業あるいは修了の報告をし、お礼と感謝の言葉を述べてください。
と申しますのも、2022年2月24日以来、ロシア軍がウクライナに侵攻して、戦争を始めて、4年。両軍の死傷者・行方不明者は推計で約180万人に上っていると報じられています。またつい先日、2026年2月28日にアメリカ軍がイランを軍事攻撃いたしました。中東全体が、あるいは世界全土が戦火に包まれる懸念が高まっています。いまだに戦火が収まる気配は見えません。つい先日まで平和に暮らしていた何百万人もの人々が戦禍の中、大学における研究や教育も断念、学びたくても学べない状態の人々がいるということに思いを馳せていただきたいのです。
また2年前、2024年元旦には「能登半島地震」、そして9月に「豪雨」に見舞われ、今なおその復旧・復興に多くの人々が苦しんでいます。過疎化が10年早まったともいわれています。
本日、皆さんが学位記授与式を迎えられるのは、社会が平和であり、皆さんご自身の努力はもちろんですが、それにはご家族をはじめ、多くの方々のご支援があって可能だったことに改めて気づかされます。決してそれは楽ではなかったろうと思われます。ですから、ご家族にとっても本日は卒業式です。万感の思いを込めてお礼と感謝の言葉を述べていただきたいと思います。
先ほど吹奏楽部・ミュージックサークルの演奏ならびに合唱で、学歌「しらやまのこくう をかける」をお聞きいただきました。学歌は、建学の精神を謳います。1~3番までリフレインされる「経世(けいせい)こそは われらの思念。済民(さいみん)こそは われらが願望(ねがい)」がその核心のフレーズです。
「経世済民」(けいせいさいみん)。縮めて「経済」。現在、「経済」は生産・消費・売買など、経済活動にかかわる学問、エコノミクスの訳語として、狭義に解されることが多いのですが、しかし元々「経世済民」は、中国の古典(王通『文中子』礼楽篇)に由来し、元来は「世を経(おさめ)て、民を済(すくう)」、政治や道徳哲学であったことは、広く知られています。
学歌の「経世済民」は、「世を誠実に生きていくこと、さらにそれがほかの人々や世の中に役立つことを願う」。すなわち「誠実にして社会に役立つ人間の育成」という意味です。経済学部はもとより、金沢星稜大学の全学部・学科に共通する教学の理念を高らかに謳い上げています。経世済民。私たちはこの地域で暮らしを立てながら、なお、戦争や対立、貧困や災害などに苦しむ世界の人々の経世と済民にも思いを寄せたいと思います。そのような知性の飛行によって世界を俯瞰する視野を持っているか否かが大学で学んだ証になるのではないかと考えます。
本学で学んださまざまな知識や技能、資格等は貴重なものです。これから存分に役立ててください。しかしそれらで満足なさってはいけません。我々が持っている知というのは、人によって多少の違いがありましょうが、押しなべて一つの点、ないし、せいぜい黒板の大きさ程度のものでしょう。しかし私達が知らなければならない知の総和はこの稲置講堂全体の空間ほどもあるのだということを覚えておきましょう。そのことをソクラテスは「無知の知」と言い、詩人田中健太郎は「無限大の未熟」と呼びました。
皆さんは、本日金沢星稜大学という港を離れ、それぞれの道に向かって旅立ちます。新しい船出です。卒業は英語でgraduation(グラデュエーション) か commencement(コメンスメント)といいます。 graduationは、grade(グレード、ランク)が一段上がること、commencement は「始まり」を意味します。卒業は終わりなのではなく、始まり、新しい船出なのですね。
皆さんが船出すると、長い航海の間には、嵐や台風にぶつかるかもしれません。危険や困難もあることでしょう。でも若者には夢と冒険が似合います。「無限大の未熟」を自覚しつつ謙虚に、かつ勇気をもって大胆に立ち向かっていきましょう。きっと打ち勝つことができます。
その際、一つ覚えておいてほしいことがあります。これまで長い間、私たち日本人は、例えば北に進路を定めたら、目標に向かって一直線。ともかくがむしゃらに突き進むことがよいと考え、またそのように教わってきたように思います。
しかし、フランスの哲学者ドゥルーズという哲学者は、世界にはもっと多様で柔軟な生き方が必要なのだと説きました。目の前に嵐や台風が迫っているなら、その時に一直線だなどと言わず、さっさと避けなさい。逃げなさい。命があれば、どれだけ回り道をして時間がかかろうと、いつかは目的地に到達することができるのだと言います。
若い頃には、その考え方は逃げ腰で、あまり潔くないように思えたのですが、今は社会の多様性を維持していくには、そちらのほうが、はるかに合理的で、勇気が要ることなのかもしれないと考えています。大事なことは、「生きて幸せになること」です。人間は幸せになるために生きるのです。ぜひ、このことを覚えていてください。
そして「卒業」が終わりを意味しないのと同じく、うれしいにつけ、悲しいにつけ、折に触れて金沢星稜大学を訪れてください。本学はあなたの母校として、いつでも帰ってくることのできる特別な場所ですし、大学もまた、皆さんと一緒によりよい社会に向けた駆動力であり続けたいと願っています。
最後に、ここに卒業・修了の日を迎えられた皆さんが、より良い社会の担い手として、健康で幸せな、希望に満ちた未来を築かれることを願い、皆さんの「無限大の未熟」という可能性を寿ぎ、出発の合図とします。
「さあ飛び立ちなさい!」
本日は誠におめでとうございます。
追伸
さて私事ではありますが、この3月末をもって学長任期を満了します。それに伴って、この「学長コラム」は一旦閉じさせていただき、次期学長に交代させていただきます。4年間にわたって拙い「学長コラム」をお読みくださった皆様、ありがとうございました。
今日、家に帰られたら、ご両親やご家族にきちんと卒業あるいは修了の報告をし、お礼と感謝の言葉を述べてください。
と申しますのも、2022年2月24日以来、ロシア軍がウクライナに侵攻して、戦争を始めて、4年。両軍の死傷者・行方不明者は推計で約180万人に上っていると報じられています。またつい先日、2026年2月28日にアメリカ軍がイランを軍事攻撃いたしました。中東全体が、あるいは世界全土が戦火に包まれる懸念が高まっています。いまだに戦火が収まる気配は見えません。つい先日まで平和に暮らしていた何百万人もの人々が戦禍の中、大学における研究や教育も断念、学びたくても学べない状態の人々がいるということに思いを馳せていただきたいのです。
また2年前、2024年元旦には「能登半島地震」、そして9月に「豪雨」に見舞われ、今なおその復旧・復興に多くの人々が苦しんでいます。過疎化が10年早まったともいわれています。
本日、皆さんが学位記授与式を迎えられるのは、社会が平和であり、皆さんご自身の努力はもちろんですが、それにはご家族をはじめ、多くの方々のご支援があって可能だったことに改めて気づかされます。決してそれは楽ではなかったろうと思われます。ですから、ご家族にとっても本日は卒業式です。万感の思いを込めてお礼と感謝の言葉を述べていただきたいと思います。
先ほど吹奏楽部・ミュージックサークルの演奏ならびに合唱で、学歌「しらやまのこくう をかける」をお聞きいただきました。学歌は、建学の精神を謳います。1~3番までリフレインされる「経世(けいせい)こそは われらの思念。済民(さいみん)こそは われらが願望(ねがい)」がその核心のフレーズです。
「経世済民」(けいせいさいみん)。縮めて「経済」。現在、「経済」は生産・消費・売買など、経済活動にかかわる学問、エコノミクスの訳語として、狭義に解されることが多いのですが、しかし元々「経世済民」は、中国の古典(王通『文中子』礼楽篇)に由来し、元来は「世を経(おさめ)て、民を済(すくう)」、政治や道徳哲学であったことは、広く知られています。
学歌の「経世済民」は、「世を誠実に生きていくこと、さらにそれがほかの人々や世の中に役立つことを願う」。すなわち「誠実にして社会に役立つ人間の育成」という意味です。経済学部はもとより、金沢星稜大学の全学部・学科に共通する教学の理念を高らかに謳い上げています。経世済民。私たちはこの地域で暮らしを立てながら、なお、戦争や対立、貧困や災害などに苦しむ世界の人々の経世と済民にも思いを寄せたいと思います。そのような知性の飛行によって世界を俯瞰する視野を持っているか否かが大学で学んだ証になるのではないかと考えます。
本学で学んださまざまな知識や技能、資格等は貴重なものです。これから存分に役立ててください。しかしそれらで満足なさってはいけません。我々が持っている知というのは、人によって多少の違いがありましょうが、押しなべて一つの点、ないし、せいぜい黒板の大きさ程度のものでしょう。しかし私達が知らなければならない知の総和はこの稲置講堂全体の空間ほどもあるのだということを覚えておきましょう。そのことをソクラテスは「無知の知」と言い、詩人田中健太郎は「無限大の未熟」と呼びました。
皆さんは、本日金沢星稜大学という港を離れ、それぞれの道に向かって旅立ちます。新しい船出です。卒業は英語でgraduation(グラデュエーション) か commencement(コメンスメント)といいます。 graduationは、grade(グレード、ランク)が一段上がること、commencement は「始まり」を意味します。卒業は終わりなのではなく、始まり、新しい船出なのですね。
皆さんが船出すると、長い航海の間には、嵐や台風にぶつかるかもしれません。危険や困難もあることでしょう。でも若者には夢と冒険が似合います。「無限大の未熟」を自覚しつつ謙虚に、かつ勇気をもって大胆に立ち向かっていきましょう。きっと打ち勝つことができます。
その際、一つ覚えておいてほしいことがあります。これまで長い間、私たち日本人は、例えば北に進路を定めたら、目標に向かって一直線。ともかくがむしゃらに突き進むことがよいと考え、またそのように教わってきたように思います。
しかし、フランスの哲学者ドゥルーズという哲学者は、世界にはもっと多様で柔軟な生き方が必要なのだと説きました。目の前に嵐や台風が迫っているなら、その時に一直線だなどと言わず、さっさと避けなさい。逃げなさい。命があれば、どれだけ回り道をして時間がかかろうと、いつかは目的地に到達することができるのだと言います。
若い頃には、その考え方は逃げ腰で、あまり潔くないように思えたのですが、今は社会の多様性を維持していくには、そちらのほうが、はるかに合理的で、勇気が要ることなのかもしれないと考えています。大事なことは、「生きて幸せになること」です。人間は幸せになるために生きるのです。ぜひ、このことを覚えていてください。
そして「卒業」が終わりを意味しないのと同じく、うれしいにつけ、悲しいにつけ、折に触れて金沢星稜大学を訪れてください。本学はあなたの母校として、いつでも帰ってくることのできる特別な場所ですし、大学もまた、皆さんと一緒によりよい社会に向けた駆動力であり続けたいと願っています。
最後に、ここに卒業・修了の日を迎えられた皆さんが、より良い社会の担い手として、健康で幸せな、希望に満ちた未来を築かれることを願い、皆さんの「無限大の未熟」という可能性を寿ぎ、出発の合図とします。
「さあ飛び立ちなさい!」
本日は誠におめでとうございます。
追伸
さて私事ではありますが、この3月末をもって学長任期を満了します。それに伴って、この「学長コラム」は一旦閉じさせていただき、次期学長に交代させていただきます。4年間にわたって拙い「学長コラム」をお読みくださった皆様、ありがとうございました。
筆写撮影「金沢星稜大学正面の初代理事長碑と満開の梅」