学長コラム

「さあ飛び立ちなさい!」(3月17日学位記授与式式辞から)

2023.03.18

本日、晴れて「学位記」授与式に臨まれた大学691名の学士の皆さん、及び大学院経営戦略研究科6名の修士の皆さん、おめでとうございます。金沢星稜大学を代表して、心からお祝い申し上げます。併せて、これまで皆様の学業生活を支えてくださった、ご家族をはじめ、多くの方々のご支援に対し、深い敬意と心からの感謝を申し上げます。

本日、皆さんが卒業式を迎えられるのは、社会が平和であり、皆さんご自身の努力はもちろんですが、それにはご家族をはじめ、多くの方々のご支援があって可能だったことに改めて気づかされます。どうかそのことの意味を謙虚に受け止めて、今日、家に帰られたら、ご両親やご家族にきちんと卒業の報告をし、お礼と感謝の言葉を述べてください。

と申しますのも、2022年2月24日以来、ロシアがウクライナに侵攻して、戦争を始めて、1年が経ちます。いまだに戦火が収まる気配は見えず、私の心は晴れません。つい先日まで平和に暮らしていた8百万人もの人々が家族を国外に避難し、大学における研究や教育も断念、学びたくても学べない状態の人々がいるということに思いを馳せていただきたいのです。 また、2023年2月6日、トルコ南部からシリアにかけて発生したマグニチュード7・8の地震から1か月たちました。死者は5万人を超え、しかも内戦で疲弊しきったシリア国内の状況は不明な点も多く、国際的な支援の手も十分には届いていないと言われています。2011年の東日本大震災を超える大惨事となっています。

先ほど吹奏楽部の演奏とミュージックサークルの合唱で、学歌「白山(しらやま)の虚空(こくう)を翔ける」をお聞きいただきました。学歌は、建学の精神を謳います。一~三番までリフレインされる「経世(けいせい)こそは われらの思念。済民(さいみん)こそは われらが願望(ねがい)」がその核心のフレーズです。
「経世済民」(けいせいさいみん)。縮めて「経済」。現在、「経済」は生産・消費・売買など、経済活動にかかわる学問、エコノミクスの訳語として、狭義に解されることが多いのですが、しかし元々「経世済民」は、中国の古典(王通『文中子』礼楽篇)に由来し、元来は「世を経(おさめ)て、民を済(すくう)」、政治や道徳哲学であったことは、広く知られています。

学歌の「経世済民」は、「世を誠実に生きていくこと、さらにそれがほかの人々や世の中に役立つことを願う」。すなわち「誠実にして社会に役立つ人間の育成」という意味です。経済学部はもとより、金沢星稜大学の全学部・学科に共通する建学の理念を高らかに謳い上げています。経世済民。私たちはこの地域で暮らしを立てながら、なお、戦争や対立、貧困や災害などに苦しむ世界の人々の経世と済民にも思いを寄せたいと思います。そのような知性の飛行によって世界を俯瞰する視野を持っているか否かが大学で学んだ証となるのではないかと私は考えています。

さて、みなさんは本学に入学された2019年の冬から、本日に至るまで、新型コロナの感染拡大に悩まされ、その対応に追われた何かと制限の多かった学年であったと思います。通常授業中止、遠隔授業への切り替え、マスク着用、体温測定、課外活動やイベント中止、海外研修の自粛など、アルバイトも含めて、さぞや大変困難な大学生活だったことでしょう。皆さんがそれを乗り越えてくださったことに感謝と敬意を表します。

私は入学式で毎回4年間の宿題を出すことにしています。それは入学後の4年間を、「生涯をかけても出会わなければならない人に出会うための準備の4年間にしなさい」ということです。
生涯をかけても出会わなければならない人、それは恋人かと思われた方も多いかもしれません。それも大事なことですが、私の言っているのは「本当の自分」ということです。本当の自分と出会う、あるいは見つけるためにはどうしたらよいのでしょうか。それには、他者を知ることが不可欠です。学部や学科、勉強する学問の性格、学風によっても考え方や人間性に違いが出てきます。先生や友人、皆そうです。人は皆、他者との触れ合いの中で、この人は自分と違う、自分にはないものを持っていると気づかされます。そこから、他者をコピーするのではなく、参考にしながら、それまでの自分にはなかった新たな自分を描き、創り出そうとします。 よく言われることですが、古代ギリシャ人は、自分たちとは言葉や風習も違うペルシャなどの異民族との接触によって、初めて自分たちがギリシャ人なのだと自覚したのだとされます。我々は他者との接触によって自分を認識し、自分を超えていくのです。

新型コロナの感染拡大は、そうした他者との接触を大きく制限することになりました。まことに悔しい。5月に想定されている感染法上の五類への引き下げを前に、感染対策も幾分緩和され、本日皆さんの元気なお顔を拝見して、ようやく新型コロナに打ち勝つことができそうだと安心いたしました。どうかこれからの人生において、「本当の自分に出会う」旅を一歩ずつ進めてくださいますように。

皆さんは、本日金沢星稜大学という港を離れ、それぞれの道に向かって旅立ちます。新しい船出です。卒業は英語でgraduation(グラデュエーション) か commencement(コメンスメント)といいます。 graduationは、grade(グレード、ランク)が一段上がること、commencement は「始まり」を意味します。卒業は終わりなのではなく、始まり、新しい船出なのですね。 皆さんが船出すると、長い航海の間には、嵐や台風にぶつかるかもしれません。危険や困難もあることでしょう。でも若者には夢と冒険が似合います。きっと打ち勝つことができます。 ただ、一つ覚えておいてほしいことがあります。これまで長い間、私たち日本人は、例えば北に進路を定めたら、目標に向かって一直線。ともかくがむしゃらに突き進むことがよいと考え、またそのように教わってきたように思います。

しかし、フランスのドゥルーズという哲学者は、世界にはもっと多様で柔軟な生き方が必要なのだと説きました。目の前に嵐や台風が迫っているなら、その時に一直線だなどと言わず、さっさと避けなさい。逃げなさい。命があれば、どれだけ回り道をして時間がかかろうと、いつかは目的地に到達することができるのだと言います。 若い頃には、その考え方は逃げ腰で、あまり潔くないように思えたのですが、今は社会の多様性を維持していくには、そちらのほうが、はるかに合理的で、勇気が要ることなのかもしれないと考えています。大事なことは、「生きて幸せになること」です。人間は幸せになるために生きるのです。ぜひ、このことを覚えていてください。

そして「卒業」が終わりを意味しないのと同じく、うれしいにつけ、悲しいにつけ、折に触れて金沢星稜大学を訪れてください。本学はあなたの母校として、いつでも帰ってくることのできる特別な場所ですし、大学もまた、皆さんと一緒によりよい社会に向けた駆動力であり続けたいと願っています。

最後に、ここに卒業の日を迎えられた皆さんが、より良い社会の担い手として、健康で幸せな、希望に満ちた未来を築かれることを心より祈念して、お祝いの言葉とします。「さあ飛び立ちなさい!」

筆者撮影 キャンパス内の紅梅と初代理事長碑