学長コラム
「さあ飛び立ちなさい!」令和5年度金沢星稜大学 学位記授与式式辞から
2024.03.14
本日、晴れて「学位記」授与式に臨まれた大学643名の学士の皆さん、また大学院経営戦略研究科6名の修士の皆さん、おめでとうございます。金沢星稜大学を代表して、心からお祝い申し上げます。併せて、これまで皆様の学業生活を支えてくださった、ご家族をはじめ、多くの方々のご支援に対し、深い敬意と心からの感謝を申し上げます。
本年1月1日の「令和6年能登半島地震」からおよそ2か月半。240名を超える犠牲者と、行方不明者、避難所には今なお5千人を超える被災者がおられます。こうした中で皆さんが本日学位記授与式を迎えられるのは、皆さんご自身の努力はもちろんですが、ご家族をはじめ、多くの方々のご支援、さらには復興への担い手として社会から強い期待と祈りが寄せられていることの賜物です。どうかそのことの意味を謙虚に受け止めて、今日、家に帰られたら、ご両親やご家族にきちんと卒業あるいは修了の報告をし、お礼と感謝の言葉を述べてください。そしてこれからの自分の生き方に思いをはせてください。
先ほど、学歌「しらやまのこくうをかける」をお聞きいただきました。学歌は、建学の精神を謳います。一~三番までリフレインされる「経世(けいせい)こそは われらの思念。済民(さいみん)こそは われらが願望(ねがい)」がその核心のフレーズです。
「経世済民」(けいせいさいみん)。縮めて「経済」。現在、「経済」は生産・消費・売買など、経済活動にかかわる学問、エコノミクスの訳語なのですが、しかし元々「経世済民」は、中国の古典に由来し、「世を経(おさめ)、民を済(すくう)」、政治や道徳哲学であったことは、広く知られています。
学歌の「経世済民」は、「世を誠実に生きて生業(なりわい)を立てていくこと、さらにそれがほかの人々や世の中に役立つことを願う」。すなわち「誠実にして社会に役立つ人間の育成」という意味にほかなりません。経済学部はもとより、金沢星稜大学の全学部・学科に共通する教学の理念を高らかに謳い上げているのです。
そして今、私たちには「能登半島地震」の被災によって、被災地能登の人々が如何にして生業(なりわい)を立てていくのか、そのことに私たちがどのように関わっていくのかという問に直面しています。どうか能登半島および地域の「創造的復興」に皆さんの若い力と叡智を結集してください。
ひとつ例をあげます。奥能登の3つの市町には、100~200年以上の歴史と伝統を持つ酒蔵が11あるのですが、いずれも大きな被害を受けたとのことです。
昨年7月、金沢星稜大学と地域連携協定締結のため能登町を訪れました。静かな内浦の里海と豊かな里山に囲まれた美しい町です。そこには「谷泉」という銘酒で有名な鶴野酒造さんがあります。地震後、その鶴野酒造さんのインスタグラムには、「家族は無事です。ご連絡をくださった皆様、誠にありがとうございました。家、店、酒蔵は、全壊しました。地震が落ち着きましたら、改めて詳細をご連絡させていただきます」と、「谷泉」の軒看板が辛うじて見える家屋の押しつぶされた全壊写真が掲載されておりました。このお知らせと全壊写真を私はいまだに涙なくして見ることはできません。
皆さんご承知の通り、石川県内には多くの酒造家が存在します。冷え込みが深まる1、2月は、各蔵とも仕込みの最盛期なのですが、金沢市、白山市、小松市、加賀市などの同業者の皆さんが、さらに県外からも長野県や宮城県の酒蔵が、被災した能登の蔵から日本酒のもととなる「もろみ」を引き取り、共同で製造を代行し、また元に戻し、資金の提供も行っているというのです。鶴野酒造さんにも救出の手が差し伸べられたということです。
「酒蔵仲間として当たり前。まずはもろみを救うことができてよかった」。「奥能登の酒造は一緒に頑張ってきた仲間であり、少しでも助けになりたい」。社長さんたちの言葉に私は胸がいっぱいになりました。
現代の弱肉強食の資本主義社会において、利潤追求の立場から考えると、ライバルメーカーにとってはまたとないビジネスチャンスなのだろうと思うのですが、こうした同業者さんたちの助け合いの行動や発言、ネットワークの拡がりを見て、「名望家」という言葉を思いだしました。名望家というのは、一定の資産や教養に加え、人望を集め得る企業家のことです。そしてこの名望家という概念が人にやさしい「新しい資本主義」への手掛かりになるのではないかと私はひそかに期待します。まもなく、救い出された「谷泉」はじめ奥能登のお酒、救ってくださった方々の新酒も出来上がることでしょう。それらを味わい、ささやかに支援できる日を楽しみに待ちたいと思います。
さて皆さんは、本日金沢星稜大学という港を離れ、それぞれの道に向かって旅立ちます。新しい船出です。中には石川に残る方も、中には離れる方もおられることでしょう。でも「能登やふるさとの創造的復興」のためにそれぞれの分野で名望家を目指し、どうぞ折に触れて戻ってきてください。そして力を貸してください。
皆さんが船出すると、長い航海の間には、嵐や台風にぶつかるかもしれません。危険や困難もあることでしょう。でも若者には夢と冒険が似合います。きっと打ち勝つことができます。
でも、一つ覚えておいてほしいことがあります。これまで長い間、私たち日本人は、例えば北に進路を定めたら、目標に向かって一直線。ともかく頑張って突き進むことがよいと考え、またそのように教わってきたように思います。
しかし、フランスの哲学者ドゥルーズという哲学者は、世界にはもっと多様で柔軟な生き方が必要なのだと説きました。目の前に嵐や台風が迫っているなら、その時に我慢だ、一直線だなどと言わず、さっさと避けなさい。逃げなさい。命があれば、どれだけ回り道をして時間がかかろうと、いつかは目的地に到達することができるのだと言います。
社会の多様性を維持していくには、そちらのほうが、はるかに合理的で、勇気が要ることなのかもしれないと考えています。大事なことは、「生きて幸せになること」です。人間は幸せになるために生きるのです。ぜひ、このことを覚えていてください。
最後に、ここに卒業・修了の日を迎えられた皆さんが、より良い社会の担い手として、健康で幸せな、希望に満ちた未来を築かれることを心より祈念して、式辞とします。
皆さん、今その時が来ました、さあ飛び立ちなさい!
本年1月1日の「令和6年能登半島地震」からおよそ2か月半。240名を超える犠牲者と、行方不明者、避難所には今なお5千人を超える被災者がおられます。こうした中で皆さんが本日学位記授与式を迎えられるのは、皆さんご自身の努力はもちろんですが、ご家族をはじめ、多くの方々のご支援、さらには復興への担い手として社会から強い期待と祈りが寄せられていることの賜物です。どうかそのことの意味を謙虚に受け止めて、今日、家に帰られたら、ご両親やご家族にきちんと卒業あるいは修了の報告をし、お礼と感謝の言葉を述べてください。そしてこれからの自分の生き方に思いをはせてください。
先ほど、学歌「しらやまのこくうをかける」をお聞きいただきました。学歌は、建学の精神を謳います。一~三番までリフレインされる「経世(けいせい)こそは われらの思念。済民(さいみん)こそは われらが願望(ねがい)」がその核心のフレーズです。
「経世済民」(けいせいさいみん)。縮めて「経済」。現在、「経済」は生産・消費・売買など、経済活動にかかわる学問、エコノミクスの訳語なのですが、しかし元々「経世済民」は、中国の古典に由来し、「世を経(おさめ)、民を済(すくう)」、政治や道徳哲学であったことは、広く知られています。
学歌の「経世済民」は、「世を誠実に生きて生業(なりわい)を立てていくこと、さらにそれがほかの人々や世の中に役立つことを願う」。すなわち「誠実にして社会に役立つ人間の育成」という意味にほかなりません。経済学部はもとより、金沢星稜大学の全学部・学科に共通する教学の理念を高らかに謳い上げているのです。
そして今、私たちには「能登半島地震」の被災によって、被災地能登の人々が如何にして生業(なりわい)を立てていくのか、そのことに私たちがどのように関わっていくのかという問に直面しています。どうか能登半島および地域の「創造的復興」に皆さんの若い力と叡智を結集してください。
ひとつ例をあげます。奥能登の3つの市町には、100~200年以上の歴史と伝統を持つ酒蔵が11あるのですが、いずれも大きな被害を受けたとのことです。
昨年7月、金沢星稜大学と地域連携協定締結のため能登町を訪れました。静かな内浦の里海と豊かな里山に囲まれた美しい町です。そこには「谷泉」という銘酒で有名な鶴野酒造さんがあります。地震後、その鶴野酒造さんのインスタグラムには、「家族は無事です。ご連絡をくださった皆様、誠にありがとうございました。家、店、酒蔵は、全壊しました。地震が落ち着きましたら、改めて詳細をご連絡させていただきます」と、「谷泉」の軒看板が辛うじて見える家屋の押しつぶされた全壊写真が掲載されておりました。このお知らせと全壊写真を私はいまだに涙なくして見ることはできません。
皆さんご承知の通り、石川県内には多くの酒造家が存在します。冷え込みが深まる1、2月は、各蔵とも仕込みの最盛期なのですが、金沢市、白山市、小松市、加賀市などの同業者の皆さんが、さらに県外からも長野県や宮城県の酒蔵が、被災した能登の蔵から日本酒のもととなる「もろみ」を引き取り、共同で製造を代行し、また元に戻し、資金の提供も行っているというのです。鶴野酒造さんにも救出の手が差し伸べられたということです。
「酒蔵仲間として当たり前。まずはもろみを救うことができてよかった」。「奥能登の酒造は一緒に頑張ってきた仲間であり、少しでも助けになりたい」。社長さんたちの言葉に私は胸がいっぱいになりました。
現代の弱肉強食の資本主義社会において、利潤追求の立場から考えると、ライバルメーカーにとってはまたとないビジネスチャンスなのだろうと思うのですが、こうした同業者さんたちの助け合いの行動や発言、ネットワークの拡がりを見て、「名望家」という言葉を思いだしました。名望家というのは、一定の資産や教養に加え、人望を集め得る企業家のことです。そしてこの名望家という概念が人にやさしい「新しい資本主義」への手掛かりになるのではないかと私はひそかに期待します。まもなく、救い出された「谷泉」はじめ奥能登のお酒、救ってくださった方々の新酒も出来上がることでしょう。それらを味わい、ささやかに支援できる日を楽しみに待ちたいと思います。
さて皆さんは、本日金沢星稜大学という港を離れ、それぞれの道に向かって旅立ちます。新しい船出です。中には石川に残る方も、中には離れる方もおられることでしょう。でも「能登やふるさとの創造的復興」のためにそれぞれの分野で名望家を目指し、どうぞ折に触れて戻ってきてください。そして力を貸してください。
皆さんが船出すると、長い航海の間には、嵐や台風にぶつかるかもしれません。危険や困難もあることでしょう。でも若者には夢と冒険が似合います。きっと打ち勝つことができます。
でも、一つ覚えておいてほしいことがあります。これまで長い間、私たち日本人は、例えば北に進路を定めたら、目標に向かって一直線。ともかく頑張って突き進むことがよいと考え、またそのように教わってきたように思います。
しかし、フランスの哲学者ドゥルーズという哲学者は、世界にはもっと多様で柔軟な生き方が必要なのだと説きました。目の前に嵐や台風が迫っているなら、その時に我慢だ、一直線だなどと言わず、さっさと避けなさい。逃げなさい。命があれば、どれだけ回り道をして時間がかかろうと、いつかは目的地に到達することができるのだと言います。
社会の多様性を維持していくには、そちらのほうが、はるかに合理的で、勇気が要ることなのかもしれないと考えています。大事なことは、「生きて幸せになること」です。人間は幸せになるために生きるのです。ぜひ、このことを覚えていてください。
最後に、ここに卒業・修了の日を迎えられた皆さんが、より良い社会の担い手として、健康で幸せな、希望に満ちた未来を築かれることを心より祈念して、式辞とします。
皆さん、今その時が来ました、さあ飛び立ちなさい!