学長コラム

「本当の自分に出会う」(4月4日入学式式辞から)

2023.04.06

金沢の桜も満開。桜吹雪も舞って、金沢星稜大学ならびに大学院に入学された皆さんを祝うかのようです。本日ここに、保護者の皆様、教職員とともに、皆さんの入学式を執り行うことができますことを、心より喜びたいと思います。これまでの皆さんのご努力に敬意を表しますとともに、皆さんを支えてこられましたご家族や関係者の皆様にお祝いを申し上げます。

先頃の第5回ワールド・ベースボール・クラシック2023では、侍ジャパンが14年ぶり3度目の世界一に輝き、大谷翔平選手の活躍やヌートバー選手のペッパーミル・パーフォーマンスなどで大きな話題となりました。しかし、あの戦いは平和な世界の中の、ごく一部の国や地域が参加する、特別な大会でした。選手や観客の安全が保障された中で繰り広げられる優劣の競い合いという、平和だからこそ行える戦いであったことを忘れてはなりません。

ご存じの通り、現在世界を覆っている暗い影は、命を奪い合う深刻な戦いや紛争、災害の数々です。2022年2月に突如始まったロシアによるウクライナ侵攻、その1年後、今度はトルコ南部・シリアを大地震が襲いました。世界は危機と動揺の時期を迎えています。多くの人々が戦争や飢餓・貧困の中で、生命の危険にさらされ、高等教育を受けるどころではない国や地域がたくさんあるのが現実なのです。日本国内においても格差が広がっています。この難しい時代に皆さんは生きなければなりません。それゆえにこそ皆さんが大学で学ぶ意味があります。「これからの生活が貴重な学びの機会であることを自覚し、学べる喜びを大切にしていただきたい」と思います。

私が尊敬する、霊長類の研究者、元京都大学総長・山極壽一(やまぎわ・じゅいち)先生は、「大学はジャングルだ」と例えられました。ジャングルのある熱帯雨林は、世界中で最も生物多様性に富み、多様な生物が独自のニッチ(生態的居場所)をもってひしめき合い、常に新しい種やニッチを生み出し、変化しつつ、それでいて安定を保っています。しかも単独で成り立っているのではなく、赤道直下の豊富な太陽光と雨量によって支えられ、ジャングルと外の世界が有機的に結びついているというのです。

大学という所も同様で、多様な学問分野に研究者や学生がひしめき合い、分野の枠を超えて切磋琢磨することで、常に新しい考えや技術が生まれます。豊富な太陽光と雨量に匹敵するエネルギーは、大学の場合、社会の人々から寄せられる期待と願い、そして様々な具体的支援です。

大学も社会も、常にそこを出入りする人間や情報を通して、互いにつながっていいます。これが高校までとは違う、大学という学びの場の大きな特色です。

先ほど本学吹奏楽部の演奏、ミュージックサークルの皆さんの合唱で、学歌「白山(しらやま)の虚空を翔ける」をお聞きいただきました。学歌は建学の理念を謳います。お気づきのように、1番から3番の歌詞で、リフレインされるのが「経世こそはわれらの思念、済民こそはわれらが願い」という言葉です。「経世済民」。縮めて「経済」。エコノミクスの訳語になりましたが、もともとは世を経(おさ)め、民を済(すく)うという意味で、中国の古典に由来します。分かり易く言うと、「世の中で真面目に働いて暮らしを立てていく、さらにそれが自分だけでなく、ほかの人々の幸せや世の中に役立つようにしたい」という意味です。私たちも、やがて世界の人々の経世と済民とにまで思いを及ぼしたいものです。

このように「経世済民」は経済学部はもとより、金沢星稜大学の全学部・全学科に共通する建学の理念です。現在は「誠実にして社会に役立つ人間の育成」と分かり易く定式化されておりますが、本来は同じ意味合いを持ちます。皆さんが4年後卒業する時に、そうなることを期待されている人物像です。このことをよく覚えておいてください。

本日は、入学のお祝いを兼ねて、皆さんお一人おひとりに4年間の宿題を課したいと思います。それはこれからの4年間を、「生涯をかけても出会わなければならない人に出会うための準備の4年間にしなさい」ということです。

生涯をかけても出会わなければならない人、それは恋人かと思われた方も多いかもしれません。それも大事なことですが、私の言っているのは「本当の自分」ということです。

恥ずかしながら、私は1950生まれの現在73歳。この歳になって、少しは自分というものを分かったような気もするのですが、まだまだ未熟。時に腹を立て、他人を羨み、嫉むこともあります。つまり本当の自分を十分に分かってはいないのです。

本当の自分と出会う、あるいは見つけるためにはどうしたらよいのでしょうか。それには、他者を知ることが不可欠です。学部や学科、勉強する学問の性格、学風によっても考え方や人間性に違いが出てきます。先生や友人、皆そうです。人は皆、他者との触れ合いの中で、この人は自分と違う、自分にはないものを持っていると気づかされます。そこから、他者をコピーするのではなく、参考にしながら、それまでの自分にはなかった新たな自分を描き、自分を超えようとします。

よく言われることですが、古代ギリシャ人は、自分たちとは言葉や風習も違うペルシャなどの異民族との接触によって、初めて自分たちがギリシャ人なのだと自覚したのだとされます。我々は他者との接触によって自分を認識し、自分を超えていくのです。

これからの4年間、あなた方一人ひとりが、自分の殻に閉じこもるのではなく、積極的に他者とかかわり、自分を表現してみてください。ただし、自分の宣伝や押しつけの必要はありません。

冒頭に大学はジャングルだと申し上げました。本学は多様性に富んださまざまな人間集団であります。あなた方の多感な4年間に、多様な考え方や人間に触れ、自分を高め、本当の自分に出会うことができる契機になるとすれば、それは一生の宝物になります。

結びに、皆さんが、金沢御所町の自然豊かなキャンパス環境で、充実した教育プログラムと先生方の指導、切磋琢磨する仲間たちとともに、将来に向けた様々な力を身につけ、「誠実にして社会に役立つ人間」になるための学びを深められますよう祈ります。ともに切磋琢磨しましょう。

筆者撮影 犀川満開の桜