学長コラム

人口減少時代と若者の生き方-9.18学位記授与式式辞から-

2023.10.01

本日、学位記授与式を迎えられた、6名の皆さん、誠におめでとうございます。大学院、大学、短大とそれぞれの課程を終えられた皆さんのこれまでの努力に敬意を表し、皆さんを支えてくれたご家族はじめ関係者の皆さんのこれまでのご支援に心から感謝を申し上げます。本日は参列者も限られ、式典も簡素ではありますが、心を込めて皆さんの門出をお祝いさせていただきます。

皆さんご承知の通り、日本はすでに急激な少子高齢化、人口減少時代に突入しております。 国土交通省の試算によれば、現在1億2千万人の日本の総人口は、皆さんが50歳代を迎えて社会の中核的な担い手になっているであろう2050年には、9,500万人と約25%減少。しかも65歳以上の高齢化率が増加する一方で、生産年齢人口(15‐64歳)と若年人口(0‐14歳)が減少します。一言でいえば、昭和時代に近づいているということができます。昭和11年(1936)には7,000万人でした。こうした人口減少は日本の産業や医療、教育などに深刻な影響を与えます。

その時に、どのようにしたら、現在の日本の活力、豊かな生活水準を維持できるのか。残念ながら、皆さんに楽観的で明るい展望を語ることはできません。それどころか、生活環境や生活水準のスリム化ないし切り下げは不可避でしょう。振り返ってみると、1950年生まれの私の生家では、1960年代まで竈(かまど)や木炭コンロでご飯を炊き、高校でさえ薪ストーブで暖を取っていたのです。さすがに今後、そこまでの生活水準の切り下げはないでしょうが、ガスや石油、電気、水や空気などの資源を大量に浪費する時代は既に終焉を迎え、5年・10年のスパンで無駄遣いはないか、効率化を目指した見直しを図っていく時代なのだと思います。しかしそう心配する必要はありません。私たちの両親、祖父母、さらに曽祖父母、私たちの先祖を含めた人間は数百万年の長きにわたって、人間の尊いこと、愚かなことをくり返しながら、これまで逞しく生き続けてきたのです。その末裔である私たちができないはずがありません。

今後、皆さんお一人おひとりに求められるのは、専門的な知識技能と併せて、より幅広い知性と技能なのであろうと思います。ICTとかDX(デジタル・トランスフォーメーション)は目的ではなく手段です。それらは自動車の運転やスマホのように使いこなしてしまえば、便利な上に仕事や生活を効率化することができ、兼業・副業、趣味、社会貢献活動など新たな生活の場や機会が拡大することができます。つまりこれからの皆さんは、社会において多角的かつ多様な能力を発揮し、活躍する場が期待され、求められているのです。多様な可能性を持つ皆さんを社会が待っているのです。

皆さんは、本日、金沢星稜大学という港を離れ、それぞれの道に向かって旅立ちます。新しい船出です。卒業は英語でgraduation(グラデュエーション) か commencement(コメンスメント)といいます。 graduationは、grade(グレード、ランク)が一段上がること、commencement は「始まり」を意味します。卒業は終わりなのではなく、始まり、新しい船出です。

皆さんが船出すると、長い航海の間には、嵐や台風にぶつかるかもしれません。危険や困難もあることでしょう。でも若者には夢と冒険が似合います。きっと打ち勝つことができます。

一つ覚えておいてほしいことがあります。これまで長い間、私たち日本人は、例えば北に進路を定めたら、目標に向かって一直線。ともかくがむしゃらに突き進むことがよいと考え、またそのように教わってきたように思います。

しかし、フランスの哲学者ドゥルーズという哲学者は、世界にはもっと多様で柔軟な生き方が必要なのだと説きました。目の前に嵐や台風が迫っているなら、その時に一直線だなどと言わず、さっさと避けなさい。逃げなさい。命があれば、どれだけ回り道をして時間がかかろうと、いつかは目的地に到達することができるのだと言います。

若い頃には、その考え方は逃げ腰で、あまり潔くないように思えたのですが、今は社会の多様性を維持していくには、そちらのほうが、はるかに合理的で、勇気が要ることなのかもしれないと考えています。大事なことは、「生きて幸せになること」です。人間は幸せになるために生きるのです。ぜひ、このことを覚えていてください。

そして「卒業」が終わりを意味しないのと同じく、うれしいにつけ、悲しいにつけ、折に触れて金沢星稜大学・星短を訪れてください。本学はあなたの母校として、いつでも帰ってくることのできる特別な場所ですし、大学もまた、皆さんと一緒によりよい社会に向けた駆動力であり続けたいと願っています。

最後に、ここに卒業の日を迎えられた皆さんが、より良い社会の担い手として、健康で幸せな、希望に満ちた未来を築かれることを心より祈念して、お祝いの言葉とします。

「さあ飛び立ちなさい!」

写真 筆者撮影 秋の朝雲


日本の人口については「国土交通白書2020」参照(2023.9.29取得)