学長コラム

能登応援メッセージ「能登半島地震と酒造家さんたちの武士道」

2024.07.01

2024年5~6月、韓国と台湾の2つの会合でスピーチをしてきました。台湾は協定校である国立高雄師範大学の卒業式祝辞と同大学国際学術検討会「アジアにおける体育スポーツの変革と展望」、韓国は「2024韓国武道学会」での講演でした。 卒業式祝辞はさておき、もう新しい研究からは遠ざかっており、ましてや武道は門外漢なのでと、両者ともに鄭重にお断りしたのですが、「能登半島地震の被災と復興状況」も知りたいとのことでした。両国からは2011年の東日本大震災、そして本年元旦の「能登半島地震」ともに、心のこもったお見舞いと熱い支援をいただいておりますので、謝意を表する意味でも引き受けないわけにはいきません。

私が取り上げた「能登半島地震の被災と復興状況」のエピソードは奥能登の酒造家さんたちでした。以前にも取り上げましたが、「能登半島地震」で奥能登の3つの市町にある11の酒蔵はいずれも大きな被害を受け、今季の酒造りは絶望的と言われました。ところが、3~5・6月にかけて、いつもとは違う形ですが、新酒が出来上がりました。まさに奇跡です。この奇跡は、金沢市、白山市、小松市、加賀市などの同業者の皆さんが、さらに県外からも長野県や宮城県の酒蔵が、被災した能登の蔵から日本酒のもととなる「酒米」や「もろみ」を引き取り、協同で製造を代行し、また元に戻し、資金の提供も行って完成させたものです。

その中の一つ、6月に発売された白山市車多(しゃた)酒造「天狗舞」と輪島市の櫻田酒造「能登大慶」のコラボを見てみましょう。720ml瓶ラベルには「能登の酒蔵復興応援」と朱書、「能登大慶×天狗舞」の銘柄表示があります。おまけに豊漁を意味する「大慶」と、大漁を喜んで舞い踊る天狗の姿が青い海の色で印象深く描かれています。左下には小さく製造者として株式会社車多酒造の名が。裏側には全壊した櫻田酒造の瓦礫の上に立って、「新櫻田酒造建設予定地」と段ボールに手書きの看板と櫻田酒造の銘柄「能登初桜」を手に、再建を誓う櫻田博克氏の写真と、協同醸造に至った経緯、利益は櫻田酒造復興に充てられる旨が短く書かれています。印象深いラベルデザインと必要な情報と経緯、将来への展望まで込められた感動的なラベリングだと思います。

筆者撮影 能登大慶×天狗舞ラベル

資本主義下近代経営学の世界ではライバル会社の不運はいわば自社のビジネスチャンスとなり、企業合併や買収(M&A)によって企業展開が進行すると考えられています。しかし能登の被災酒造家さんたちをめぐる協同活動はこれとは全く異なる発想・思想のもとに展開されているように見えます。世界中、紛争や自然災害の被災者の生命、尊厳、安全を確保するために、援助物資やサービス等を提供する人道支援とも異なり、キリスト教的博愛、仏教的慈愛とも異なります。さらに言えば、酒造家さんたち以外の業種、例えば電機・機械、自動車といった大手企業ではこうした例は聞かず、同じ発酵・醸造を扱う味噌・醤油製造業界でも今回の酒造業ほどには協同活動が見られないようです。ですから酒造家さんたちには特別な何かの作用が働いていると考えるのが自然でしょう。能登杜氏さんたちのつながり、経営規模が大きすぎず、小さすぎず、社長さんの判断ですぐ決断と行動が可能な軽やかなフットワーク。元来酒造家さんたちは名望家といわれ、地域の人々の人望を集めてきた蔵元さんたちであり、独特のエートスをお持ちの方々であるなどなど。その解明には経済学・経営学・歴史学・倫理学など多角的な視点からの分析と総合が必要と思われます。

私の試論はこれが「武士道」の現代版として機能しているのではないかというものでした。もちろん、この試論には、新渡戸稲造『武士道』、笠谷和比古『武士道の精神史』などからの立論を踏まえ、能登に当てはめたものです。

早口の英語による討論や日本語通訳を介しての議論ですから、正確ではありませんが、能登の酒造家さんたちの協同行動には「驚いた」(amazing)というのが皆さんの率直な感想。しかしそれが「武士道」に由来するという私の試論は時間的にも説明が足りず、十分な理解が得られるには至らなかったというのが私の実感です。

このコラムを読んでくださっている方も恐らくそうでしょう。私自身きちんと論文等で説明しなければなりませんが、とりあえず笠谷和比古『武士道の精神史』に目を通してみてください。
参考文献
新渡戸稲造(矢内原忠雄訳)『武士道』岩波文庫1938(2020、第106刷)
笠谷和比古『武士道の精神史』ちくま新書、2017