学長コラム

「さあ飛び立ちなさい!」(令和6年度3月13日金沢星稜大学 学位記授与式式辞から)

2025.03.13

本日、晴れて「学位記」授与式に臨まれた大学624名の学士の皆さん、また大学院経営戦略研究科2名の修士の皆さん、おめでとうございます。金沢星稜大学を代表して、心からお祝い申し上げます。併せて、これまで皆様の学業生活を支えてくださった、ご家族をはじめ、多くの方々のご支援に対し、深い敬意と心からの感謝を申し上げます。

本日、皆さんが学位記授与式を迎えられるのは、皆さんご自身の努力はもちろんですが、それにはご家族をはじめ、多くの方々のご支援があって可能だったことに改めて気づかされます。2024年元日には令和6年能登半島地震、そして同年9月には奥能登豪雨に見舞われ、その復旧・復興がまだまだ道半ばであり、多くの人々が今なお苦しんでいることは皆さんご存知の通りです。金沢星稜大学では2024年から5年間の中期計画目標内に「能登半島地震の創造的復興とともに歩む」と明記し、能登支援のため「創造的復興論」の全学開講、各ゼミ単位での能登支援のための研究活動や支援活動を全学を挙げて活発に展開しているところです。どうか皆さん、今後とも能登の創造的復興のために、共にご尽力くださいますようお願いいたします。それは「誠実にして社会に役立つ人間の育成」という建学の精神を具体的に形に示すことにほかなりません。
また2022年2月24日以来、ロシアがウクライナに侵攻し、戦争を始めて、すでに4年目に突入しました。いまだに戦火は収まらず、対立と分断は中東パレスチナ・ガザ、あるいは東アジアにも拡大する懸念が高まっています。世界は高等教育どころか、個人の基本的人権すら危ぶまれる現状に傾斜しつつあるのが現実です。こんなはずではなかったという忸怩たる思いがあります。であるからこそ、皆さんの若さとエネルギーに期待を寄せ、未来を託したいと思います。今日、家に帰られたら、ご両親やご家族にきちんと卒業あるいは修了の報告をし、お礼と感謝の言葉を述べ、そうしてこれからの自分の夢を語ってください。

先ほど吹奏楽部の演奏、ミュージックサークルの合唱による、学歌「しらやまのこくうをかける」をお聞きいただきました。学歌は、建学の精神を謳います。一~三番までリフレインされる「経世(けいせい)こそは われらの思念。済民(さいみん)こそは われらが願望(ねがい)」がその核心のフレーズです。
「経世済民」(けいせいさいみん)。縮めて「経済」。現在、「経済」は生産・消費・売買など、経済活動にかかわる学問、エコノミクスの訳語として、狭義に解されることが多いのですが、しかし元々「経世済民」は、中国の古典(王通『文中子』礼楽篇)に由来し、元来は「世を経(おさめ)て、民を済(すくう)」、政治や道徳哲学であったことは、広く知られています。
学歌の「経世済民」は、「世を誠実に生きていくこと、さらにそれがほかの人々や世の中に役立つことを願う」。すなわち「誠実にして社会に役立つ人間の育成」という意味です。経済学部はもとより、金沢星稜大学の全学部・学科に共通する礎を高らかに謳い上げています。経世済民。私たちはこの地域で暮らしを立てながら、なお、戦争や対立、貧困や災害などに苦しむ世界の人々の経世と済民にも思いを寄せたいと思います。そのような知性の飛行によって世界を俯瞰する視野を持っているか否かが、大学で学んだ証になるのではないかと考えます。

皆さんは、本日金沢星稜大学という港を離れ、それぞれの道に向かって旅立ちます。新しい船出です。卒業は英語でgraduation(グラデュエーション) か commencement(コメンスメント)といいます。 graduationは、grade(グレード、ランク)が一段上がること、commencement は「始まり」を意味します。卒業は終わりなのではなく、始まり、新しい船出なのですね。
皆さんが船出すると、長い航海の間には、嵐や台風にぶつかるかもしれません。危険や困難もあることでしょう。でも若者には夢と冒険が似合います。きっと打ち勝つことができます。

ただ、一つ覚えておいてほしいことがあります。これまで長い間、私たち日本人は、例えば北に進路を定めたら、目標に向かって一直線。ともかくがむしゃらに突き進むことがよいと考え、またそのように教わってきたように思います。
しかし、フランスの哲学者ドゥルーズは、世界にはもっと多様で柔軟な生き方が必要なのだと説きました。目の前に嵐や台風が迫っているなら、その時に一直線だなどと言わず、さっさと避けなさい。逃げなさい。命があれば、どれだけ回り道をして時間がかかろうと、いつかは目的地に到達することができるのだと言います。
若い頃には、その考え方は逃げ腰で、あまり潔くないように思えたのですが、今は社会の多様性を維持していくには、そちらのほうが、はるかに合理的で、勇気が要ることなのかもしれないと考えています。大事なことは、「生きて幸せになること」です。人間は幸せになるために生きるのです。ぜひ、このことを覚えていてください。

そして「卒業」が終わりを意味しないのと同じく、うれしいにつけ、悲しいにつけ、折に触れて金沢星稜大学を訪れてください。本学はあなたの母校として、いつでも帰ってくることのできる特別な場所ですし、大学もまた、皆さんと一緒によりよい社会に向けた駆動力であり続けたいと願っています。

最後に、ここに卒業・修了の日を迎えられた皆さんが、より良い社会の担い手として、健康で幸せな、希望に満ちた未来を築かれることを心より祈念して、川崎洋さんのスポーツ詩集から「走る」という詩を朗読してお祝いの言葉とします。


世の中
なにがいったい正しいことなのか
断言するとなると、ためらってしまう
ただはっきりしているのは
力の限り走って
走って走って
走りぬいて
土の上に転がって
閉じた瞼の裏に
空の青が透けて映った時の
あの いい気持ち
馬力はもうひと雫も残っていないのに
心は充分に充電されてずしりと重い
あの気持ち
これだけは間違っていない と
うなずけるのだ
(川崎洋「走る」 (「スポーツ詩集」(1997)より)


本日は誠におめでとうございます。
皆さんが、より良い社会の担い手として、健康で幸せな、希望に満ちた未来を築かれることを心より祈念して、旅立ちの合図を発します。
「さあ飛び立ちなさい!」
本日は誠におめでとうございました。

写真(筆者) キャンパス正面玄関初代理事長碑