学長コラム

「第九交響曲 年末公演」

2025.12.01

毎年楽しみにしているのが、5月の「ガルガンチュア音楽祭」と12月の「第九交響曲 年末公演」。ことに12月は石川県内最大のアマチュアオーケストラ「石川フィルハーモニー交響楽団」、「石川県合唱協会合唱団」、日本の伝統音楽を継承する「石川県三曲協会」と「金沢邦楽アンサンブル」が共演し、ベートーヴェンの「第九交響曲」と共に、邦楽曲の演奏と合唱が上演されます。1973年の初演から今年は63回目とのこと。半世紀以上演奏し続けている全国的にもまれな合唱団であり、邦楽曲が加わるのも金沢らしいところです。昨年度の邦楽は「八千代獅子」、今年は「千鳥の曲」です。

本学SDGs産学地域連携センター職員、上口大介さんは、多年にわたり音楽文化協会の役員を務められ、石川県の音楽文化の振興・発展に尽くしたとして「令和4年度石川県文化功労賞」、さらに「令和7年度青少年健全育成等に係る石川県知事賞」も受賞されました。合唱団でもバス・バリトンの名手でもあります。また田中健太郎さん(情報システム部 部長)は稀にみるテノールの歌い手です。

昨年5月のゴールデンウィーク明け、上口・田中さんとガルガンチュア音楽祭について雑談している中で、「冥途の土産に、一度でよいから三途の川の向こうから第九の演奏と客席を眺めてみたい」と漏らしたところ、「まだ半年時間がありますから、大丈夫ですよ。団員資格は、高校生以上であれば特に制限はなく、歌うことが好きな方ならどなたでも参加できます」と、いとも気軽に笑顔で引き受けてくださり、翌日には「第九」の楽譜とともに練習日程表を届けていただきました。

こうなるともはや「冗談です」というわけにもいかず、緊張しながら練習会に参加することになりました。クラシック音楽に初めて接したのは、高校入学後、電化製品販売業を営む友人宅に遊びに行った時に、ポール・デュカス「魔法使いの弟子」のレコードを聴かされたことです。山間の田舎育ちの私には全く縁のなかった未知の文化環境、精神世界との出会いでした。たまたまクラスの中に音大を受験するという友人がおりました。当時既に「ハンガリー田園幻想曲」のフルート演奏会を開けるほどの腕前で、私のクラシック音楽入門の道案内役を務めてくれました。現役の芸大合格は叶わなかったらしいのですが、その後どのような道を歩んだのかは残念ながら知る由もありません。高校時の芸術科目では音楽、美術、書道の中から書道を選択しましたから、音楽については楽譜も読めず、合唱や楽器の技能も皆無なまま現在に至っています。音楽は鑑賞のみ、カラオケにも自らは行ったことがありません。

さて、練習日、石川を代表するソプラノ歌手 石川公美さんの合唱指導は、私にとっては初めての本格的な音楽レッスンでした。発声法から始まり、パート別の練習と合唱、ドイツ語の発音と息継ぎなど、ユーモアを交えた毎回のレッスンは、「歌うことは楽しい」と気付かせてくれました。今でも石川公美さんの大ファンです。練習開始後、7月に海外出張があったのですが、待ち時間、機中、乗り換え時間など、いつもは手持無沙汰な時間が、スマホに取り込んだ音源と楽譜のおかげで、格好のまとまった練習時間となりました。

必死の努力の甲斐あって、11月くらいには担当のバス・パートについては何とか歌えるくらいにはなりましたが、他のパートとの兼ね合いが上手くいかないことに気が付きました。私の歌唱力は、ただ力任せに歌っているだけで、言ってみれば、「軍歌」、せいぜいが旧制高等学校の「寮歌」のレベルだということに気が付いたのです。第九はまだCDやユーチューブなどで繰り返し練習できましたが、はたと当惑したのが、11月になって「八千代獅子」の楽譜が配られ、練習が開始された時でした。ろくに楽譜が読めない私にとっては、もう手も足も出ません。変な音を出して皆さんの邪魔をしてもならず、当日の私は口パクの演技に徹するしかありませんでした。

石川県合唱協会は、難曲ベートーヴェン「荘厳ミサ曲」をウィーンで公演するほどの力量を持つ団ですから、私は静かに客席から、石川公美先生はじめ皆さんを支えることに徹しようと思うに至りました。それだけに昨年の経験は得難いものとなりました。

11月23日、石川公美さんも出演されたオペラ「高野聖」公演に出かけてきました。本学短大部の山田範子ゼミナールによる「高野聖」作品紹介冊子も配布され、現代を生きる若い世代の感性をわかりやすく示してくれてとても参考になりました。舞台は泉鏡花の世界、音楽、声楽、舞台美術、舞踏、などが一体となった総合芸術・オペラの世界に思わず知らず引き込まれ、幕が下りた時には涙がこぼれるほどの感動を全身で味わいました。

次は、12月14日の「第九・千鳥の曲」年末公演です。今年は人間科学部の教員、笠原亜希子さんもソプラノに加わるとのこと。楽しみです。3年目を迎える能登半島地震の被災地の皆さんとも共に生きる「Freude」(歓喜)を少しでも分かち合いたいと思います。

筆者撮影「昨年の第九楽譜・CD、11月23日「高野聖」パンフレット・山田ゼミ『オペラデビューしました』」